ここまで生きてこられて世の中に感謝!
いろいろな国でここまで暮らすことが
できて幸せです。
性格も趣味も、昔からあまり変わらずに
生きてきました。
戦後に生まれ、現代に育った軟弱な
私には、一生涯移住という選択は、
とてもできません。
世界の好きなところに行ける、
日本のパスポートのおかげで
「プチ移住」と旅行を
楽しんでいます。
年金収入は限られていますから、
贅沢は出来ませんが、
日本で暮らすことを考えれば、
遥かに楽です。
年中旅行、時々「プチ移住」の暮らしは
日本で定住する場合に比べて、
お金の価値は3倍で、
生活が楽しめます。
紆余曲折があり、生活しにくくなった
日本を出て、現在は、ペナンをベースに
暮らしていますが、
これからの夢は、
ヨーロッパで半年、アジアで半年の
ペースで1年を暮らすことです。
早くコロナ禍がおさまってくれる
ことを祈るばかりです。
昔の思い出:
戦前から父の兄と弟はブラジル移民、
戦争には巻き込まれませんでしたが、
一生涯をサンパウロで終えました。
叔父達は年老いてから、大阪万博の
あった1970年から、数年に一度、
日本に里帰りして来ました。
父は中国大陸で働いていましたが、
戦争に巻き込まれ、敗戦まで
台湾の澎湖島の守備隊にいて、
命からがら引き揚げてきました。
兄と私は、敗戦後に生まれました。
私は、平和な日本の高度成長期の
豊かな時代に育ち、サラリーマン
として働き、転職も経験、
定年まで勤めました。
海外でも働きましたが、
戦争の無いところばかりです。
時代が現代でなく、
貧しい戦前のようであれば、
私も九州の田舎の片隅では、
一生を暮らさず、
やはり父の世代のように、
どこかに移民していたでしょう。
あるいは、一兵卒として徴兵され、
中国大陸、東南アジアのジャングルか
広大無辺の太平洋の海の藻屑となって、
この世から消えていたかもしれません。
今は、ペナンで昔の人生のツケを
払っているような生活ですが、
まだ僅かに残っている冒険心だけは
大事にして、残りの人生を楽しもう、
と思っています。
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